分析的観察研究

研究デザインの「型」

研究デザインの「型」

研究デザインを分類しましょう

 

まずは、臨床研究のデザイン「型」をご存知でしょうか。
コホート研究、横断研究、介入研究、後ろ向き研究、RCT、症例報告などいろいろな用語がありますが、混同して使用されていることもありますので、すこし整理してみたいと思います。

 

まず介入を操作できるかどうか

第一に、研究者が介入をコントロールするか、しない(できない)か、によって「介入研究」と「観察研究」に分かれます。

 

介入研究とは研究者が介入をコントロールするものであり、それ以外はすべて観察研究(介入をコントロールしない/できない)となります。

 

介入研究の場合には、皆さん良くご存じのとおり介入の割り付けがランダムかどうかによって「ランダム化比較試験」と「非ランダム化比較試験」に分類されます。

 

ここまでは問題ないと思います。大事なのは次です。

 

観察研究は、比較対照があるか、ないかによって、分析的研究、と記述的研究 に分かれます。

 

分析的観察研究, propensity score matching, gastrectomy, laparoscopic surgery

 

この分析的研究と、記述的研究を明確に区別して学会発表をしている臨床医は意外と少ないように思います。

 

測定のタイミング?

 

観察研究は、アウトカムと要因の測定タイミングによって「横断研究」「縦断研究」に分かれます。測定のタイミングが同時であれば「横断研究」、同時でなければ「縦断研究」とする、と説明されることがありますが、ぱっとイメージできますでしょうか?

 

分析的観察研究, propensity score matching, gastrectomy, laparoscopic surgery

 

観察研究の型を決めるのは意外に難しいと感じています。

 

簡単な例を挙げるとすれば

 

【研究例】 「誤嚥性肺炎」の患者を調べたら「栄養状態が悪い高齢者が多かった」

 

という臨床研究の型は何でしょうか?

 

ワンポイントのカルテ調査で上記を調べたとすれば「横断研究」です。よく言われるのは、「これだと因果関係がわからないよね」ということです。栄養状態が悪いから、易感染性で、肺炎になるのか、誤嚥するから食事が食べられず低栄養になっているのか、が分からないということです。

 

そこで、因果関係(どちらが先か)を明らかにしようとすると、縦断的に見たほうが良いということになり、

 

ある介護施設などで「高齢者100人」を登録し、栄養状態と、嚥下の状態を定期的に観察して記録し、一定期間の誤嚥性肺炎の発生率を見ていくというのはどうでしょう。これはコホート研究ですね。
逆に、誤嚥性肺炎を起こした患者を「ケース」とし、同じ介護施設や似たような条件の集団で誤嚥性肺炎を起こさなかった症例を「コントロール」として、両者の栄養状態や嚥下機能を比較する、というのが「ケースコントロール(症例対照)研究」です。

 

これくらい単純な例だとわかりやすいのですが、

 

たとえば、「ある施設の過去の手術症例を調査をしたところ術前に栄養状態の悪かった症例は術後合併症がおこりやすい」ということが示されたとします。

 

これは横断研究でしょうか、縦断研究でしょうか?

 

普通に考えれば「要因(術前の低栄養状態)」が先にあり、「アウトカム(術後合併症)」が後に発生する前後関係は明確であり、同時に測定されていないと考えれば「縦断研究」ということになるかもしれませんが、要因とアウトカムの時間的関係が非常に短いのと、このような調査するときには大抵同時に複数の臨床データを取って、いくつものリスク因子を探索したうえで、栄養状態が一番関連している、などの結論に持っていくことが多いですから、なんとなく横断研究風にも見えますよね。

 

このあたりが良くわからなかったので、何名かの臨床研究の方法論者に聞いたところ、以下の分類の仕方が一番しっくりくるのではないかと思っています。

 

  • 一つのアウトカムへの要因が複数想定されており、多くの要因の中からリスク因子を探索するような型は「横断研究
  •  

  • 「栄養状態が悪いと術後合併症が多い」という仮説がまずはじめに存在していて、その一つの仮説を検証するために設計された研究デザインが「コホート」なり「症例対照研究」といった「縦断研究

 

横断研究と縦断研究の例をもう一つ上げるとすると、経時的変化を集団から類推するか、個人内の経時的変化を意識して追跡するか、ということがあります。

 

たとえば「術後経過年数とQOLの変化」、などを見る際に、術後患者100人を集めて、術後経過年数別に「術後1年の症例群」のQOLスコア平均、「術後2年の症例群」のスコア平均、術後3年の・・・という風にデータを並べてその推移を類推する方法があります。これは要因(術後経過年数)とアウトカム(QOL)の前後関係は明確なのですが、同じ対象を追跡したわけではないので術後経過年数の多い症例は昔の介入を受けた群になるという交絡が入ってきます。因果関係を証明するにはやはり縦断的に同一症例を追跡する場合の方が優れているわけですが、研究にかかる手間・コストは大きくなります。

 

縦断研究にはコホート研究と症例対照研究があります

 

しばしば疫学研究の講義になると、RCT、コホート研究、症例対照研究の3つに焦点が当てられ、その手法について学ぶことはありますが、はっきり言って若手臨床医のレベルではそのようなオーソドックスな講義はあまり役立たないのではないでしょうか?

 

皆さんの周りで症例対照研究(ケースコントロール研究)をしている人がいますか?おそらく滅多に見る機会は無いでしょう。

 

たまに外科領域の臨床研究で、症例マッチングなどを行って2群間のアウトカムを比較する研究を「症例対照研究」と銘打って論文化しているモノもありますが、私の理解ではそのネーミングは誤りかと思います。
その典型例がこの研究です。タイトルには、胃癌に対する腹腔鏡手術VS開腹手術の長期成績を比較したケースコントロール・ケースマッチド研究となっていますが、術式選択は「アウトカム」ではなく、要因です。要因の有り無し(腹腔鏡か開腹か)で症例をマッチさせて、アウトカムを比較するわけですから、これは過去起点コホート研究ということになります。

 

症例対照研究とは、何かイベントが起った集団を「症例(ケース)」とし、同様にat riskな集団にも関わらずイベントが起らなかった集団を「対照(コントロール)」とし、そのイベントのリスク要因などを解析する研究を指します。たとえば、ある地域の胃癌患者をケースとするならば、同じ地域で同じような背景因子をもつ集団をコントロールとし、その生活習慣や病歴などを比較するような研究です。

 

この手の間違いはPubmedで文献検索をしていると、しばしば発見できます。この論文はJournal of Clinical Oncology(JCO)というIF=16点ほどの一流雑誌に掲載されていますが、JCOでさえこのような間違いを犯しているのですから、デザインの型というのは簡単なようで難しい、誤解されやすいものなんだと思います。(ちなみに、この論文はタイトルも間違っていますが、方法論はもっと大きな間違いを犯しており、その点についてはcorrespondanceとして指摘しました。この議論は最終的にLOC-1 Studyによって再度論証を試みました。)

 

さて、症例対照研究についてしつこく述べましたのは、このデザイン型は非常に難しく、なかなか素人にできる研究デザインではないということがあります。一臨床医の立場では症例対照研究の対照群を上手に設計するのは難しいですし、データ収集を実施するのも難しいことが多いです。そして、単アームのコホート研究は比較的実施しやすいのですが、ここで重要なのは「比較の対照がある」ということです。比較の対照がある研究を分析的研究といいます。

 

科学的に物事を言うためには、必ず比較する対照が必要です。

 

この術式はすごい、この治療は有益だ、と主張するためには、「何と比較して」優れているのかを明らかにしなければ、何がどうスゴイのか説明になりませんよね。科学に限らず、スポーツでも、芸術でも、社会学でも、常に比較することによって優劣を論じています。
臨床研究も同様に、「何が何と比較してスゴイのか」を明らかとし、さらに、その比較がいかに妥当なものであるか、を論理的に述べる必要があります。

 

それをしないのであれば、残念ながら臨床研究とはいえないのです。

臨床医が学ぶべきは、分析的観察研究である

と、強調したいと思います。

 

どんなに素晴らしい術式を開発しようと、どんなに最新鋭のロボットで手術をしようと、どんなにたくさんの症例を集積しようと、単アームの結果報告は症例報告(ケースレポート・ケースシリーズ研究)なのです。実は日本の臨床医学系学会の発表演題は内訳をみると大半は、「症例報告」であり、それ以外は小数の「ランダム化比較試験」というパターンが非常に多いのです。

 

日本の臨床研究は論文数において世界30位以下に落ち込んでおり、各領域のトップジャーナルへの掲載数は非常に少ないのが現状です。

 

学会発表が症例報告から一歩踏み出て、「分析的観察疫学」の議論ができる場になることがまず第一段階であり、それは後期研修医や10年目前後の若手外科医のレベルでも十分に可能な目標なのです。

 

大規模なRCTなどをいくら企画しても一若手外科医が主体的に実施できるとは思えません。また後述するように、必ずしもRCTが観察研究に勝っているわけではありません。RCTが実施不能な研究疑問などいくらでもあるのですから。

 

分析的観察疫学の手法を勉強をすることをお勧めします。

 

日々の診療で得られた臨床疑問(clinical question)を、どうやって概念モデルとし、研究疑問(research question)に落とし込み、研究デザインを練り上げていくのか、この作業を学ぶことで、自分自身の診療結果を分析し、明日の自分自身の診療に役立てることが出来ます。

 

自分自身が、自分自身の臨床を通じて得た疑問やアイディアを学問として世の中に発表し、広く議論を求める。

 

それこそが臨床研究の真髄ですし、臨床医が臨床医であることの証ではないでしょうか?

 

大きな組織に入ってRCTの雑用を手伝ったり、研究会議を傍聴することが臨床研究ではないのです。他人がやるものを、はたから見学するのが臨床研究ではないのです。


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