分析的観察研究

LOC-1 Studyの要点

LOC-1studyについて

ここでは、観察研究の質を高めることでRCTよりもインパクトのある論文になるという例としてLOC-1 studyについて取り上げてみたいと思います。

 

LOC-1とは、 Laparoscopic versus Open Surgery for Clinical Stage I Gastric Cancer という名称の臨床研究で、その表題のとおり「臨床病期 I期の胃癌に対する腹腔鏡手術と開腹手術の比較」という研究テーマです。

 

論文はLong-term Outcomes of Laparoscopic versus Open Surgery for Clinical Stage I Gastric Cancer: The LOC-1 Studyというタイトルで、Annals of Surgeryに採択されました(2016年1月7日)。

 

本論文はオープンアクセスなのでWebサイトから無料でPDFファイルがダウンロー出来るようになっています。詳細についてはこちらのサイトから全文を入手してご覧いただければと思います。

 

結果は一言でいうと、Stage Iと診断された胃癌に対しては、開腹手術も腹腔鏡手術も、長期成績に全く変わりが無かった。ということです。

 

要約すると以下の通りです。

 

  • 3施設のデータを統合して約4200例の胃癌データベースを作成
  • 傾向スコア(Propensity score)マッチングを用いて腹腔鏡手術群(LG)と開腹手術群(OG)それぞれ924例を抽出
  • LGとOGの5年生存率 96.3 vs 97.1%、3年無再発生存率 97.4 vs :97.7%でほとんど差が無く
  • 再発数は22例:21例、再発形式も大きな差はなし。
  • イベントが少ないが両群の生存曲線はぴったりと重なっている

 

この研究の何が新しいでしょうか?結果は多くの外科医の予想通りではないでしょうか?試しにPubmedで「Laparoscopic gastrectomy, gastric cancer」などの用語で検索してみると、韓国、中国、日本などの東アジアを中心に非常に多くの論文がヒットします。いうなれば、ありきたりの題材で、ありきたりの患者群、いったい何が新しいの?という論文に思われるかもしれません。(本当はタイトルをもっと斬新なものにしていたのですが、査読の過程で修正を求められてしまいました(涙)。)

 

なぜこんなありきたりのテーマの、しかも観察研究(!)が、Impact factor 8.3(2014年)の雑誌に採択されたか、ということについて、これから掘り下げていきたいと思います。

 

ちなみに、Cui Mらは、ほぼ同じ時期に、ほぼ同じテーマでRCTの論文をPublishしていますが、載っている雑誌はMedical Oncologyというものです。

臨床研究はアイディア勝負ではない

臨床研究に対する大きな誤解の一つが、「アイディア勝負」・「早い者勝ち」という考え方です。

 

「あまり注目されていない対象や治療、アウトカムに焦点を当てて、斬新な論文を書こう!」

 

「まだ多くの人が注目していないから急いで論文にして発表してやろう!」

 

という発想は、残念ながらすでに斬新ではありません。

 

「面白い切り口」で、という人は多いのですが、一部のコアな専門集団の間でしか共有できないような細かい疑問を論文化しても(日本人にありがちです)適切な査読が受けられるとは思えませんし、結果的に良い論文にはならないことが多いでしょう。

 

良い論文とは、「皆が知りたい切実な情報」をいかに「現時点の科学的水準に合わせて」発信できるかということにかかっています。

 

確かに、「皆が知りたい情報」というのは、すでにたくさんの既存研究があり論文発表されていることも多いでしょう。

 

しかし問題は、「すでに同じような論文が出されているな」と知った後にあります。

 

同じような論文があると分かったとき、「ああ、先を越された。残念。」と諦めてしまうのか、

 

それとも、二番煎じであることを分かっていながら、それを凌駕する高品質な論文で勝負が出来るかどうか、

 

これが論文を書ける人と書けない人の差ではないでしょうか?

 

アウトカム研究の項でも少し触れましたが、当初私が術後の後遺症を調べる研究をしたいと言った時に、多くの外科医は「そんなこと分かっている、調べつくされている、既存研究がたくさんある」と切り捨ててしまいました。

 

メタアナリシスの項で紹介する論文も、実はすでに同じテーマのメタアナリシスが数年前に出ていました。

 

今回も、胃癌に対する「腹腔鏡」versus「開腹手術」なんて、RCTも進行中だし、NCDもやっている、前向きにも、後ろ向きにも、介入研究も観察研究もたくさんある、という状況でした。

 

しかし、既存研究を良く吟味した結果、「同じリサーチクエスチョンをもっと高い水準で仮説検証ができる」と考えられたので勝負に出ることを決めたのです。

 

そして後発論文(しかも後ろ向き観察研究)がよりインパクトの高い雑誌に掲載されるという逆転現象が起ったのです。

 

大切なことは、やはり「体系的に臨床研究の方法論を学習する」、ということに尽きると思います。超専門家の間でしか共感出来ないようなニッチなヒラメキやアイディアで勝負してもよいのですが、そういう論文はそういう「奇をてらった」治療法を取り上げるのが好きな雑誌にしか載らないように思います。単発のアイディアや早い者勝ちではなく、科学的理論を着実に積み上げた人が良い論文を書くことが出来ます。

 

結局は「学問に王道なし」ということかもしれません。


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